部下をリーダーや管理者などの「自ら課題を発見し、行動できる自発的な人材」として育成するためには、能力開発と改善支援を行うことが必要です。その際、接客や調理など具体的な作業の能力ではなく、部下が自ら進んで行動するための自発性を高めるために、モチベーションを高めるとともに、部下の考えや能力、可能性を引き出すことを支援します。それには、上司から部下への作業指導のような一方向のコミュニケーションではなく、双方向のコミュニケーションにより、部下と対話をして、気づきを与えることが必要です。
そこで、今回は、対話を効果的にするコーチングの実践方法をご紹介します。
1.部下の緊張をときほぐす
コーチングは、上司と部下の対等な関係のもと、双方向で対話をする必要があります。その対話の際、部下が話しやすい雰囲気を醸成することが大切ですので、初めにアイスブレイクを行います。アイスブレイクとは緊張をときほぐすことです。部下は上司との面談の際には、身構えている場合が少なくありません。そのため、最初の緊張を解きほぐすことが必要です。
アイスブレイクは慣れていないと、難しいものです。上司が「最近どう?」と言っても、部下はどのように応えたらよいか、戸惑ってしまいます。もし部下が慎重な姿勢を示しているようであれば、なおさらです。アイスブレイクで失敗する理由の本質は、多くの場合が準備不足、つまり、事前に話題を複数用意していないことにあります。そうならないように、事前に話題を用意しておきましょう。
筆者が部下との面談でよく使う話題は、仕事にある程度関係し、部下の最も関心が高いものです。例えば、最近では、部下の家族の状況の話題からスタートしました。部下の家族は、定期的に通院が必要になっており、そのために、部下は業務時間の制約がありました。そこで、「家族のこの前の通院の状況はどうでしたか?」と話を始めると、部下が“わっ~”と話し始めましたので、話の切れ目で、「その中で今期のこの業務は・・・」と成果についての話に移しました。とてもスムーズに面談が進みました。
このように事前に話題を準備して面談に臨むと、部下の緊張がほぐれて、雰囲気よく面談を進めることができます。そこで、上司と部下との面談で活用できるアイスブレイクの話題を、以下のとおり、ご紹介しますので、ご自身にあったものを複数準備しておきましょう。面談の強い味方になります。
・身近な話題
通勤の状況や街の開発、お店のことなど。互いに興味がわきそうな地域や流行の話題。
・お互いの共通点
出身地や趣味など共通の話題。話は盛り上がるが、夢中になりすぎないように注意。
・部下の興味があることや得意なこと
部下の趣味や自己啓発の内容、心配ごと、取り組んでいることなど。部下自身の関心の高い分野なので話しやすい。
・部下をほめる
部下の持ち物や身だしなみ、行動などさりげないこと。ほめられて、気分が悪くなる人はいません。
・上司の失敗談
忘れ物をして大変だったことやタクシーで渋滞に巻き込まれ遅刻したこと、健康診断の結果がよくなかったことなど。深刻ではなく、軽く笑えるような話題は、話の初めに向いている。部下との対話の場面では、「上司も失敗するんだ」と部下に安心感を与え、部下が話しやすくなる。ただし、上司自身の話なので、長くなり過ぎないようにする。
2.聞き役に徹する
部下の話をしっかり聞きます。部下との面談では、どうしても上司の話が長くなりがちです。部下が業務の話を始めたら、話をさえぎらずに聞くことがポイントです。異なる意見や文脈がわかりづらい時には、口を挟みたくなりますが、話を続けさせます。上司は、部下が話している内容について、“合意する”、“肯定する”必要はなく、“受け止める”気持ちで聞きます。合意しようとしたり、誤りを正そうとすると、傾聴する上司に無理が生じます。そこで、無理に合意しようとせず、話を受け止めます。上司が話すことと聞くことの割合は、3:7くらいが目安です。意識としては、2:8くらいでよいかもしれません。
受け止める際の効果的な相づちとしては、部下が話したことをオウム返しのように繰り返すことです。部下が「人材配置がうまくいっていないと思います」と言ったら、上司は「うまくいってないと思っているんだ」と繰り返します。すると、次に具体的な出来事やそう考える理由の話につながり、会話が深掘りされていきます。
また、深掘りする時に、5W2H(いつ・どこで・だれが(だれに)・何を・なぜ・どうした・いくらで)などの短い質問を挟むと、次第に話が整理されていきます。ただし、「なぜ?」の質問は、責任追及のようになりがちですので、できるだけ使用を控えたほうがよいでしょう。理由を聞きたい場合は、「何がうまくいかなかったかな?」など、部下が主語ではなく、要因が主語になるように工夫します。
3.認める
コーチングによる対話は、信頼関係がベースです。部下が身構え、猜疑心を持っていては、効果的な対話はできません。信頼とは、相手を認めて任せることですので、上司が部下を認め、それを伝えることが重要です。認められることは、承認されること、と言い換えることもできます。承認されることは、人間が本質的に求めている欲求の1つと言われています。人間の5大欲求である生理的欲求、安全欲求、所属欲求、承認欲求、自己実現欲求の中に定義され、自分の存在を他者から認められたいと感じる欲求です。
最近では、FacebookなどSNSが盛んになってきました。個人の情報発信が便利になり、老若男女を問わず、プライベートな情報でも発信するようになりました。情報発信すると、多くの人が見てくれた証拠として“いいね”の数が気になります。これは、自分の行動や存在を認められたい、承認されたい欲求があるからです。承認されることやほめられることが嫌いな人はいません。そのため、しっかり部下を認めることが大切です。
そして、上司が部下を認めていることを伝えるには、“理解に努めること”と“反論しないこと”です。これを示す効果的な相づちは、「そうなんだ」、「そうですか」です。話の内容に合意しているわけではありませんが、「そうなんだ」と相づちを入れることで、話を理解していることを表現することができます。
4.相手の様子を観察する
対話をしながら、部下をよく観察してみましょう。じろじろ見る必要はありませんが、部下の言葉以外の声や表情、しぐさを観察します。コミュニケーションには、言語と非言語の2種類があり、ある研究によると、言葉の中身である言語よりも、声(大きさ、高さ、速さなど)と態度(見た目、表情など)の方が、相手がより強い影響を受けるそうです。業務や業績の話は、話の中身が重要なのは間違いありませんが、この非言語情報から伝わるメッセージも大切にします。
非言語情報は、とても多くの種類があり、頭で理解して考えるというより、感覚的に受け取る印象です。感覚で印象を受け取るためには、非言語情報修得の訓練が必要になりますが、面談における観察ですぐできることは、非言語情報がいつもの部下と違うかを感じることです。違いであれば、上司も感じとり、観察することができます。
例えば、部下がいつもより目を合わせない場合はどうでしょう。目を合わせないことは、退屈、懐疑的、批判的、内気などの意味があります。部下が何かの理由で、上司や会社の制度を疑っていたり、批判的になっていたりする可能性がありますので、このメッセージを感じた時は、「いつもと違う様子だけど」と話の内容を部下の様子に変えます。部下は、その理由を聞いてほしかったと考えている場合もあります。一方、いつもより目を合わせる場合はどうでしょう。この場合は、好意的(興味や誠実など)か攻撃的かのどちらかと言われています。表情だけではなく、言葉尻などに同様のメッセージが表れますので、必要に応じて、対話の雰囲気を修正します。
また、話す速さがいつもより速い場合は、時間を気にして焦っている、話したいことが多い、攻撃的などが考えられます。コーチングは対話を通じて、部下に考えさせ、気づきを与えることが目的ですので、対話が早口で進むことはあまりよいとは言えません。よって、上司が同じペースになるとどんどん早口になり、部下のペースになりますので、上司は、あえてゆっくり相づちを打つようにします。そうしながら、対話の流れをコントロールし、部下の話の本質の深掘りを進めていきます。緊張すると話のスピードが速くなる人がいますので、アイスブレイクにより、緊張感をほぐすとよいでしょう。
観察は、上司が部下に対してだけではなく、上司も部下から観察されています。部下は意識していないかもしれませんが、非言語情報から多くの影響を受けます。そのため、対話に臨む上司も、声や表情、しぐさに注意を払います。信頼関係を醸成することが大切ですので、相手の立場に立った気持ちで、ゆったり、ゆっくり構えます。忙しい業務の合間に対話をすると、上司が早口になったり、早く終わらせようと質問ばかりになったりしやすくなりますので、気をつけましょう。
5.効果的な質問
部下の話に対して、気づきを与えるための質問を覚えましょう。すぐに使える5つの質問を以下に示します。筆者は、この5つをよく使用します。
・それで?
話を促進させる質問です。部下の話の後に、「なるほど、○○なんだ」と受け止めた上で、「それで?」と質問することで、話が進みます。出来事の話であれば結末、行動の目的の確認であれば、本質的に目指したいことに近づきます。
・やってみてどうだった?
振り返りの質問です。将来のことや次の行動の話をするために、現状や結果の振り返りは大切です。結果を事実とともに、振り返ることで、問題の原因に近づきます。部下の話に、事実と意見(感想や考察)が混ざっている場合は、上司が整理すると話がわかりやすくなります。次はこうすればよいとか、こうしたいなど、次への行動のヒントに気づくことが期待できます。
・もし・・・だったら、どう?
これは仮定の質問です。部下の考えや行動は基本的に制約されています。顧客にサービスを提供するには、時間を守る必要がありますし、飲食のメニューを考えるにしてもコストの制約があります。決まりごとをしっかり守る部下ほど、制約条件が頭の中にしっかり入っているものです。顧客満足度の向上など、問題の本質を解決するためには、制約条件を外させる仮定の質問をしてみましょう。すぐに回答は浮かばないかもしれませんが、次第に名案が出るかもしれません。そして、外した制約条件を解決する方法を考えることで、発想を変えた思考が可能になります。
・どうすればいいかな?
未来志向の質問です。原因の深掘りにもつながります。事実の確認や部下の思いなどが把握できた後に、次への行動を聞いてみます。問題点は目につきますので、多く指摘できますが、改善策など具体的にどうすればよいかという行動は、簡単に出てこないかもしれません。また、問題の原因が1つでも、改善策が1つとは限らず、複数あることもありますので、部下に考えさせることができます。自分で気づいた改善策は、イメージができていますので、主体的な行動を促します。上司が指示した行動とは動機づけが異なります。
・○○さんや他社、○○業界ならどうするかな?
他者や他社、他の業界などと比較する質問です。1つの問題に向き合い、集中すればするほど、その周りのものへの関心が下がります。問題が解決できればよいですが、簡単ではない場合は、視点を変える意味で比較をします。同じような問題を他の人や他社は抱えていないだろうか?抱えているならばどうするか?など、発想の枠を広げることで、気づきを得られる場合があります。他者や他社と条件は異なりますので、気がついた改善策がそのまま使えるとは限りません。実行する際は、自社にあった内容に調整しましょう。
部下は気づかないうちに考え方や行動を制約しているものです。仕事の範囲の中で、できる業務をしているため、無理はありません。そこで、「もし・・・だったら」や、「他社ならどうするかな?」など、日常の制約や枠を外す思わぬ質問に対して、現在の考えや行動の適切さや合理性などが、逆に確認できるのです。このように、効果的な質問をすることで、部下に深く考えさせ、気づきを与えることになります。質問がコーチングの核心といっても過言ではありません。
コーチングを活用した対話は、難しいと感じる方が少なくありません。難しい知識や能力が必要なわけではありませんが、誰でもすぐにできるわけでもありません。そこで、ご紹介した実践方法や質問のポイントを意識することで、誰でも上達を図ることができます。部下との対話に限らず、職場や友人、家族など、信頼関係のある間柄であれば使える手法ですので、日頃より実践を心掛け、コーチングスキルの上達を図りましょう。
(コンサルタント・中小企業診断士 木下岳之)
無料メルマガ登録
専門コラムの他、各種ご案内をお届け中です。ぜひ、ご登録ください。
セミナーのご案内
店舗ビジネスの多店舗展開やのれん分け・FCシステム構築を進めていくため、具体的にどう取り組んでいけばいいのか、どのような点に留意すべきか等を分かりやすく解説する実務セミナーを開催しています。
セミナー一覧ぺージへ