「上司からの指示を待つのではなく、自分から進んで改善提案を行って、それをやり抜いてほしいんですよね…」
上記は人材について経営者の方から伺った声の一例です。これは、経営者が「自ら問題を発見し、解決策を考え、実際に行動し、解決できる自発的人材」を求めていることを象徴するお声です。一方で、次のようなご意見をお聞きすることもあります。
「本当に自発的人材を育成できるのでしょうか…?」
経営者の方々は、生産性向上やモチベーションアップ、採用活動効率化などの効果を期待するものの、どのように育成すればよいのか疑問をお持ちのようです。自発的人材育成は、決められた作業を効率的にできるようにする従来の人材育成方法とは考え方が根本的に異なりますので、このような疑問をお持ちになるのは自然のことと思います。
そこで、実際に人材育成により会社を成長させている「株式会社日本レーザー」の事例をご紹介します。レーザーの専門商社である同社は、2011年第1回「日本でいちばん大切にしたい会社大賞・中小企業庁長官賞」など数々の賞を受賞しています。しかし、現社長の近藤宣之氏が1994年に赤字だった同社に着任した当時から注目されていたわけではありません。近藤社長は、次のように語ります。
「25年間赤字になったことはありません。社員に圧倒的な当事者意識ができたからです。『火事場のばか力』は、普段から会社に大切にされているという実感があってこそ出てくるものなのです。」
当時親会社から派遣された近藤氏のやり方がそのまま同社に受け入れられたわけではありませんでした。近藤氏は、「当時は、倒産寸前の会社を立て直すためにはトップダウンで厳しくやらなければと考えていましたので、『いやだったらやめていいよ』という態度で社員と接していました。」と振り返ります。
しかし、すぐにこのままではだめだと考え、方向転換を決意しました。社員の事情に合わせて雇用形態を柔軟に変えるなど、一人ひとりのニーズに会社が最大限対応することや、部下から挨拶されるのを待つのではなく、社長から部下に挨拶をすることなどの人を大切にする取り組みを行いました。結果として、業績が改善するとともに、今では特別な採用活動をしなくても、「採用してほしい」と連絡してくる人がいるなど会社が大きく変わりました(参考:「日経ビジネス2019年6月24日号」)。
この事例から、社員が業務を自分事としてとらえ自発的に判断して行動するには、まず経営者自身が「会社の成長のためには人材が最重要である」という強い思いを持つことが必要です。そして、その思いを経営理念として、社員との対話などを通じて、社員に継続的に働きかけます。それにより、社員は人を大切にする会社の姿勢を感じ取り、会社のため、チームのため、そして、自分のために行動しようというマインドセットができるようになるでしょう。社員の心の持ち方自体は、形式的な集合研修や人材育成の仕組みの導入では、形成したり、変えたりできるものではありません。
自発的人材育成を進める2本柱
会社として人材が最重要ととらえた上で、自発的人材を育成する仕組みが重要になります。その仕組みとは、長期的に社員のキャリアを描くことを支援することと、現状のスキルを適正に評価・理解して将来の能力向上につなげること、の2本柱を中心に進めることです(図1 自発的人材育成のイメージ)。
図1 「自発的人材育成のイメージ」
まず、キャリア形成支援についてです。学生や家族の状況などあらかじめ個人都合で短期で働こうと思っている人を除き、ほとんどの人は、会社に勤めることで、給与など生活を維持するための処遇を得ることとともに、多様な経験をしてキャリアを形成したいと考えているでしょう。キャリアを形成するというと、少し大げさかもしれませんが、会社で働くことで、社会人としての能力を高め、数年後にはより能力を必要とされる業務を担当して、安定して働き続けることを望むものです。そのため、その会社で働くことによる将来像を見える化してコミュニケーションすることで、期待と安心感を与えることができます。
また、社員のスキルを高めるためには、できるだけ正確に現状を把握して、改善に向けた対策(教育)を実施することが不可欠です。担当する業務について、「先輩を見ながら開店までに店内を準備しておいて」や、「このリストを訪問してリピートの注文をとってきて」といった漠然とした指示では、具体的にどのように行動したら良いかわかりません。従来はこのような指示をする管理職や先輩社員がいたかもしれませんが、このやり方では、行動した結果の良し悪しが評価できず、スキルアップに対する効果的な対策につながりません。従って、いつまで経っても自発的に行動できる人材に育ちません。そのため、理想とするスキルと現状の能力のギャップを埋めることを解決する能力評価と改善支援の仕組みが重要になります。
(参考:厚生労働省 職業能力評価基準)
経営者の思いと自発的人材育成の仕組みが社員を変える
自ら考えて行動する自発的人材の育成においては、「社員にこの会社で働きたい」、「この会社は働きがいがある」と思ってもらう取り組みを始める前段階が重要です。そのためには、経営者の思いを経営理念や対話を通じて伝えるとともに、将来のキャリア像を示して、長期的な期待と安心感を与えます。こうして、社員が気持ちのベースを築け、現実の業務を見つめ、改善に向けて前向きに取り組めるようになるでしょう。
(コンサルタント・中小企業診断士 木下岳之)
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