人材育成

経営者が人材育成の重要性を認識することの効用とは

ある取締役の悩み

先日、中小企業の取締役の方から「人材育成、特に次世代のマネジメント層の育成が当社の課題です」とお聞きする機会がありました。
創業社長からご子息への事業承継は進みつつあるものの、取締役は50代前半から60代前半の人たちであり、その次の時代を担う40代前半の人材が育っていない、とのことでした。

原因をお聞きすると、いくつか挙げられましたが、その中で最も大きな要因は、「30代前半の将来の幹部候補に目星をつけた人が、途中で退職してしまう」とのことでした。
製造業ということもあり、入社後まずは工場の現場に入ったり、営業を担当させたりするそうですが、その取締役の言葉を借りれば「賢い人ほど」、途中でくじけてしまうそうです。
「工場や営業を知らないと、会社の根幹となる業務がわからないままになってしまうので、管理職になる前に必要な過程なのですが、なかなか難しいようです」とのことでした。

今に必死で将来を見る余裕がない状態とは

この話をお聞きして、私が思い出したのは若い頃の「今しか見えていない」自分の姿でした。
配属された営業所から、営業車を運転し、メーカーの営業として担当店を訪問するのが、最初の仕事でした。
しかし田舎育ちで都会での運転を経験したことがなかったので、業務云々の前に私にとっては「毎日安全に担当店までたどり着く」という、入社前には想定していなかった関門があったのです。

入り組んだ細い道に冷や冷やしながら運転し、タイヤのホイールを路肩にこすって担当店の前に落として帰ったり、大通りではUターン禁止に気づかず白バイに追いかけられたりと、思い出すと恥ずかしいことばかりですが、本人は大まじめに何とか会社から求められる役割を果たそうとしていたのでした。

しかし慣れるにつれ、まだまだ女性の営業が少ない業界だったこともあり、自分の仕事ぶりに自信が持てず、「この仕事の先に何があるのか」といった気持ちも生まれてきました。
ちょうどその頃、同じ営業所に配属された女性が退職してしまったことも、日々の些細な悩みを励まし合う相手がいなくなり、そういった思いを強めたのでした。

今と将来をつなぐための具体的な方法

そんな時は、他部署の女性の先輩が活躍する姿を見て、「数年後にはああなりたい」と思ったものです。
また半期ごとの面談で、上司に将来の配属希望を話す機会があったり、そのために今何をしなくてはならないかといったことをアドバイスされたりすることで、「今が将来へつながっている」ことに気づくとともに、「先を見据えた上での今」に対するモチベーションを持つことができたのでした。

この「数年後の姿を見せてあげる」ことは、身近なロールモデルが存在する企業であれば、手っ取り早いことかと思います。
しかし企業規模によっては、そもそも同じような環境で働く人が少ないことなどから、そう簡単にはいかないかもしれません。

そうなるとやはり上司や経営者との面談は、企業規模に関わらず実施でき、地道な方法ですが有効性は高いでしょう。
なぜなら人は「自分の気持ちを誰かに聞いてもらいたい」「自分を理解してもらいたい」という気持ちを持っているからです。

そして上司もしくは経営者は、アドバイスをする前に、まずはいったん相手の心の中にある想いを全部吐き出させていただければと思います。
これは「説得のコップ理論」といって、相手の心の中のコップに「感情」「言いたいこと」がなみなみと
入っていると、それ以上情報、例えばアドバイスは相手の心に入らない、というものです。

なので、いったんその心の中に入っている相手の想いをすべて空にしてから、こちらの言いたいことを伝えていく手法です。
そしてその際には「傾聴の姿勢」で臨んでいただくことは言うまでもありません。
「甘ったれた根性を叩き直してやる!」といった説教モードや戦闘モードで臨むと、近視眼的で悩める部下との距離はますます離れていってしまいますので、ご注意を。

人材育成の最終的な成果は経営者しか確認できない

とはいえ、年に数回の個人面談だけで、今しか見えていない若い社員のモチベーションを保ち、企業につなぎとめることは難しいと思います。
やはり企業として、将来につながるキャリアの道筋を明らかにすることが必要でしょう。
具体的に、どのような職務を経験させ、さらに教育を行って社員を育てていくのか、といった人材育成の計画です。

冒頭の企業では、必要とわかっていても「人材育成計画」が整備しきれていないことも、取締役の悩みを深くしている要因の1つでした。
しかし私がお話しした印象では、その取締役もどことなく他人事なのです。
恐らくその理由は、「人材育成計画」をその人が作ることはできても、計画を実行し、10年以上経ってから成果を確認できるのは自分ではない…つまり人材育成の最終的な成果は、経営者しか確認できないからではないでしょうか。

長い年月のかかる人材育成には経営者の関与が必須

将来の企業を支える人材の育成には、当然ながら10年単位の時間がかかります。
その間に、社会や経済環境の変化、情報技術の進展等により、計画の見直しはもちろん、求めるスキル、必要な経験や教育内容も変わっていくことでしょう。
そして中小企業、特にオーナー企業であれば、その長い年月の間、企業を存続させ、発展させ続ける意思を、ずっと変わらず誰よりも強く持ち続けて会社に関与するのが経営者です。

だからこそ、経営者が「人を育てること」の重要性を認識し、ご自身の見識や信念のもとに、人材育成計画の根幹となる「人材育成に関するビジョンや方針」を考え、自社の人材育成に関与し続けることが、中小企業の人材育成には必要なのです。
そしてそのビジョンや方針のもとに作られた「人材育成計画」を、長い時間をかけて諦めずに愚直に実行した結果が、「育てた人材の違いによる企業競争力の違い」となって将来の業績に反映していくのではないでしょうか。

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